領域名:先端加速器LHCが切り拓くテラスケールの素粒子物理学~真空と時空への新たな挑戦
領域略称:テラスケール物理
領域番号:2303
領域代表者:浅井祥仁 (東京大学大学院理学系研究科・准教授)
先端加速器LHCでヒッグス粒子を発見し、「真空」が持つ豊かな構造や質量の起源を解明する 。また超対称性や余剰次元の発見から、宇宙の暗黒物質の正体を解明し、「時空」構造の解明 をすすめる。これらの成果は、自発的対称性の破れによる相転移が現在の多様な宇宙の起源で あることを実証するものである。また我々の感覚に直接結びついた「時空」の理解に革命的な 変革をもたらす。本申請領域は、これまで粒子やその相互作用が主な研究対象であった素粒子 研究を大きく広げ、従来入れ物であった「時空」や「真空」を探る新たな研究領域を形成する 。確実な成果が期待されるLHCでのテラスケール物理成果を核に、エネルギーフロンティア実 験の鍵となる加速器・検出器技術の開発や、宇宙、時空、超弦理論などの研究を展開する。
研究区分 | 研究課題名 | 研究代表者 |
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先端加速器LHCが切り拓くテラスケールの素粒子物理学~真空と時空への新たな挑戦 | 浅井 祥仁(東京大理) |
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ヒッグス粒子の発見による素粒子の質量起源の解明 | 徳宿 克夫(KEK素核研) |
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超対称性の発見と大統一理論の実験的検証 | 浅井 祥仁(東京大理) |
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素粒子標準模型の精密検証で探るテラスケール物理現象 | 藏重 久弥(神戸大理) |
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トップクォークを用いた新しい素粒子現象の探索 | 戸本 誠(名古屋大理) |
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テラスケール物理の理論的研究 | 野尻 美保子(KEK素核研) |
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LHCでの発見が導く次世代エネルギーフロンティアの発展 | 駒宮 幸男(東京大理) |
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LHC時代の新しい初期宇宙像 | 山口 昌弘(東北大理) |
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テラスケール物理がもたらす新しい時空像 | 細谷 裕(大阪大理) |
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テラスケール物理から超弦理論への展開 | 渡利 泰山(東京大数物連携機構) |
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テラスケール物理における世代構造の研究 | 久野 純治(名古屋大理) |
20 世紀の素粒子研究は、クォークやレプトンなどの物質を形作る素粒子や、力の源となるゲージ粒子の研究を通して、標準理論を確立してきた。先端加速器LHC でのアトラス実験で、我々は、人類未踏の『テラスケール(TeV=1012 電子ボルトのエネルギースケール)』 の物理を直接研究することが出来る。テラスケールに期待されているヒッグス粒子や超対称性粒子などの発見は、「物質」や「力」などの研究ばかりでなく、その入れ物となる「真空」や「時空」の研究へと発展するものである。テラスケールでの物理研究を結集し、標準理論を超えた新しい素粒子現象を発見し、新しいパラダイムを構築することが本申請領域の主要な目的の一つである。物理研究のみならず、最先端検出器の開発や新しい加速器技術の開発を通してエネルギーフロンティアの更なる改善を図る。
更に、これらテラスケールでの実験的成果を核に、宇宙、時空、数学、素粒子の世代構造の謎などの研究を、新しいパラダイムの中で大きく展開させ新しい研究領域を創造することが第二の目的である。超対称性など標準理論を超えた新しい物理の発見は、素粒子物理学に大きく貢献するのみならず、宇宙の進化の解明など、科学全般への計り知れない貢献をもたらすものである。また時間や空間は、我々の日常生活に密接に結びついた概念であり、超対称性の発見や余剰次元の研究を通して新しい「自然観」を創造することが期待される。
② 我々はこれまで、一世代前のエネルギーフロンティア実験LEP(電子・陽電子衝突実験)、HERA(電子・陽子衝突実験)やTEVATRON(陽子・反陽子衝突実験)を通して、標準理論の確立に大きな貢献をし、標準理論を超える新しいテラスケールの物理の重要性を指摘してきた。2010 年より欧州素粒子原子核研究所(CERN)に於いて大型陽子・陽子衝突型加速器( LHC )が稼働し、テラスケールでの新しい物理研究が初めて可能となった。LHC を用いたアトラス実験では、ヒッグス粒子の確実な発見が可能である。またTeV 領域に存在が期待されている一連の超対称性粒子の発見により、「力の大統一」(下図)や「暗黒物質の解明」などが期待されている。この目的のため我々のグループはLHC 加速器やアトラス検出器の開発・製作を行ってきた。
LHC での重要な発見は、これから数年のうちに期待されており、本申請領域が、この重要な発見を主導的に行っていくことがこれまでの研究の流れから自然であると同時に、国際的にも強く望まれている。さらに本申請領域は、これらの実験的成果を礎に、宇宙物理、時空構造、世代構造、超弦理論を通して自然科学と数学の融合などすすめていく全く新しい試みである。
③本研究は5年の研究期間の間に、以下の研究成果が期待できる。
(1) ヒッグス粒子の確実な発見を行う。この発見は「自発的対称性の破れ」によって、真空にヒッグス場が凝縮し、素粒子の「質量の起源」となったことを示す。更に、宇宙が対称性の破れによる相転移を繰り返し、現在の宇宙に至ったという宇宙論の根幹シナリオを裏づけ、自発的に対称性が破れた真空が自然の多様性の起源であること示し、初期宇宙やインフレーションなどの新たな描像をもたらすことが可能になる。
(2) 標準理論を超えた新たな素粒子現象を発見し、テラスケールの新たな基礎理論を構築する。その中で最も有望視されているのが超対称性である。自然界の基本粒子は、スピンの違いにより、ボーズ粒子(力を伝える)とフェルミ粒子(物質を形成する)に大別される。超対称性は、ボーズ粒子とフェルミ粒子とを交換する最も基本的な対称性(下図)であり、TeV領域に未発見の超対称性粒子があることが示唆されている。この超対称性粒子を発見する。これは、科学史上「反粒子の発見」に匹敵する大きな成果である。超対称性粒子は、宇宙の「暗黒物質(ダークマター)」の最も有力な候補であり、その発見は宇宙物理学にも大きなインパクトを与える。また、超対称性変換を2回繰り返すと、時空の並進となるため、超対称性は時空の性質と密接に結びついているものであり、以下の(3)の成果にもつながるものである。
(3)
重力を含む統一理論を完成させる上で鍵となるのが時空次元数の拡張(余剰次元)である。10-20m程度のサイズに縮まった余剰次元が存在すれば、アトラス実験で発見出来る。余剰次元や超対称性の発見は、時空の概念を拡張するものであり、これは量子力学と一般相対論を融合する上で不可欠のものであり、超弦理論研究をすすめ、自然の数学的構造を解明する。
(4)LHCの様なエネルギーフロンティア実験に於いては、如何なる理論でも予言されていない新粒子や新現象が発見される可能性もある。標準理論の精密検証を行いそのズレを通して、これらのテラスケールの新現象も確実に発見する。
(5)アトラス検出器の性能向上や次世代のエネルギーフロンティア実験へ向けて、加速器・検出器の基礎技術の研究開発を行う。新しい超伝導素材、高い放射線耐性を有した半導体検出器、高性能カロリメータ、高い検出レートに対応したチェンバーや高速エレクトロニクスなど、アトラス検出器のアップグレードや次世代実験の主要部分の開発研究を行う。LHC・アトラス実験での実際の運用経験を通して、現実的な設計目標を設定した研究開発を行う。これらにより次世代実験でも日本が主導的な役割を果たすことが可能になる。
④ 該当する対象は以下の2項目である。
「既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域創成」:前人未踏のテラスケール物理の直接研究を行う。これは、従来の素粒子研究の枠を超え、時空・真空などの新たな自然観を創成し、新興の学術領域を形成する。本申請領域は、核となるテラスケール物理の新たな現象を発見し、この実験的成果をもとに、新しい宇宙像、時空概念、素粒子の大きな謎である世代構造の解明、自然を表現する数学などへの研究を直接展開することにより新たな領域を創成する。この領域はそれらの研究や他分野の発展とあいまって、大きな広がりが期待される。
「当該領域の研究の発展が他の研究分野に大きな波及効果をもたらす」:本研究は、真空の構造や暗黒物質、時空の解明を通して、基礎となる自然観の変革をもたらす。また、現在のインターネット社会の基盤をなしているWWWも素粒子実験の情報を共有する目的で開発されたものである様に、検出器技術やデータ収集技術、GRIDコンピューティング技術は、基礎科学分野のみならず、産業界にも大きな効果が期待できる。また超伝導線材の基礎技術は、広く工業応用が期待される。
⑤ 湯川、朝永、小柴、南部、小林、益川、六氏のノーベル物理学賞受賞に示される様に、我が国の素粒子物理学の研究水準は国際的にも極めて高く、これを継承、発展させて行くことは我が国の学術水準の向上に計り知れない大きな効果が期待される。この領域が切り拓く新しいテラスケール物理は、真空や時空の構造の解明など、科学全般の基礎となるものである。
本申請領域は、これから数年の間に確実に成果が期待されているLHC・アトラス実験でのテラスケール研究(研究項目A )を核に、宇宙、余剰次元、真空、超弦理論などの新しい展開を推進する研究(研究項目B )の2つの研究項目で構成されている。
◎ 研究項目A
LHC・アトラス実験での物理研究により、テラスケールの新しい物理の発見を行う。同時にエネルギーフロンティ実験を推進するための次世代実験の準備研究を行う
◎ 研究項目B
新しく切り拓かれたパラダイムを核に、宇宙物理、真空の構造、時空の解明、超弦理論へと研究を展開し大きな領域を形成する。
研究項目A では、LHC・アトラス実験を用いてヒッグス粒子を発見し、ゲージ対称性の破れや質量の起源が真空の構造であることを実証 する。また超対称性や余剰次元などのテラスケールでの新しい物理現象を発見する。二つの異なる方法での研究を行い、新しい素粒子現象を逃すことなく確実に捉える様にする。計画研究A01,02 は、高い感度を有する直接探索による方法で、ヒッグス粒子や超対称性粒子などの標準理論を超えた新しい物理の発見をめざす。一方、研究計画A03,04 は、標準理論の精密検証を通して、そのズレを探ることで新しい素粒子現象の発見をめざす。この方法は間接的であるが、特定のモデルに依存することなく、直接探索では見えないより高いエネルギースケールの物理を発見できる。このように直接・間接の二つの方法は相補的な研究であると同時に、例えば、標準理論の精密検証は、直接探索のバックグラウンドを理解する上で重要であるなど、お互いの研究成果を共有することで研究の質を向上することができる。A05 の理論的研究は、これらA01-04 の研究をサポートすると同時にこれらの研究で得られた新しい知見を取り入れてLHC での現象論的研究を推進する。この5つの計画研究の有機的な繋がりでテラスケールの新しい素粒子現象の確実な発見を行う。
この成果を広げ、時空、真空、宇宙、超弦理論、世代構造の解明へと研究を広げ、テラスケール物理を核とした新しい研究領域を創造するのが、研究項目B である。これらの成果は、更に外に広がっていき、宇宙・天文、超伝導技術の工業応用、物理と数学の融合、重力の素粒子物理への融合と更なる広がりが期待される。例えば真空の構造や超対称性の発見は、宇宙初期を解明するうえで重要な役割を果たすと同時に、宇宙初期の理論的研究から、次元構造、超弦理論などへの新たな知見が得られる。
このように、研究項目B の個々の計画研究は、研究項目A と密接に結びついているばかりでなく、お互いが結びついて、新しい領域を形成すると同時に、LHC で期待されるテラスケールの新しい実験的成果によって大きく飛躍が期待されるものである。
また、LHC でのテラスケール物理の研究成果を更に発展させるために、次世代エネルギーフロンティア実験の準備研究が必要である。SLHC ( LHC のルミノシティー増強計画)、DLHC (エネルギー増強LHC 計画)やILC(電子・陽電子衝突型リニアコライダー)などの次世代実験が考えられている。A06 は、LHC での成果と次世代実験での物理解析の準備研究を通して、次世代実験のロードマップを製作し、エネルギーフロンティアの展望を拓く。これらの次世代実験で鍵になるのが、新しい超伝導技術と高性能検出器技術の開発であり、各計画研究A01-04 とA06 でその研究を行う。これらの研究は、準備研究に特化した研究ではなく、LHC のテラスケール物理の実験的成果と連動し、各計画研究での経験に基づいて、実戦的で有効な開発を行う。A02 で超伝導素材、A01,03,04で半導体検出器、高速ミューオンチェンバー、高速トリガーの開発を行う。これらはLHC アトラス実験で日本が中心となって開発を行ってきた実績がある。更にA06 でカロリメータの開発を行い、これで検出器の主要なコンポーネントがカバーされ、加速器・検出器の両技術を総合し、次世代実験でも日本が主導的な役割を果たすことができるようにする。
これらの計画研究の有機的な連携を取るため総括班は、2段階の調整を行う。1段目は、各計画研究の代表者と総括班会議をひらき、最新の研究成果の共有、相互の情報交換を積極的に行い、領域全体で新しいパラダイムの構築と次世代のエネルギーフロンティア実験を実現化してゆく。第2段は、計画研究や公募研究に属する研究者のみならず、国内外の関係する研究者を招いて研究の方向を議論する。これは領域の連携を高めるばかりでなく、本領域の研究範囲を更に発展されるために重要である。これと同時に研究内容・成果に関する一般講演を含めたコミュニケーション活動を行い、新しい自然観を社会と共有してゆく。
LHCは7-8TeVの重心エネルギーで運用され、積算ルミノシティー1fb-1のデータが期待されている。このデータを用いて、トップクォークやゲージ粒子(W/Z)などの標準理論粒子の生成過程の精密検証を行い、標準理論からのズレを探る。これは検出器の理解を深める上でも、新しい素粒子現象の直接探索を行う上でバックグラウンドとなる事象を理解する為にも重要な研究である。同時に、ヒッグス粒子、超対称性粒子やブラックホールなどの余剰次元の直接探索を中心に行う。
高速トリガーシステムの開発は将来計画のみならず現在のアトラス検出器の為にも急務であり、トラックトリガーを担う電子回路の設計・試作を重点的行う。同様にミューオンシステムもトリガー電子回路のアップグレード研究を行い、現在のアトラス検出器の性能向上を行う。半導体検出器はピクセル型の試作を行い、性能試験を行う。
LHC・アトラス実験での実験結果を基に、暗黒物質直接探索実験、レプトンフレーバーの破れの探索など他の実験結果を加味し、テラスケールを記述する素粒子模型を構築・提案し、それをアトラス実験で更にデータ収集が進んだところで如何に検証していくかを議論する。
LHCは設計値である重心エネルギー14TeVで運転され、積算ルミノシティー10fb-1(H25)、30fb-1(H26)のデータ量が期待されている。確実にテラスケールの新しい素粒子現象を発見するために、モデルに依存した研究ばかりでなく、丹念にイベント・トポロジーに分けて、より広範な研究を行う。ヒッグス粒子の確実な発見(H25)、質量2.5TeV付近までの超対称性粒子の発見(H26)が可能となる。同時に、精密測定の結果から10TeV付近までに新しい物理があるか否かの間接的な検証が可能となる。SLHCにむけての加速器・検出器の仕様がH26年に決定される。これに向けて、我々がこれまで培ってきた技術やアイデアを具体化したR&Dを行う。実際の検出器を反映させた性能試験を行う。
LHCでの結果を基に、テラスケールを記述する素粒子模型を完成させる。暗黒物質の特定や宇宙年齢約1ナノ秒以降の熱史を明らかにする。ヒッグスや超対称性の性質から、時空の構造の理解を進め、統一理論へ応用を行う。これを超弦理論と結びつけ、重力へ研究を展開する。