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もっとも重い素粒子であるトップクォークの質量起源もヒッグス機構と判明

※このたび、LHCのATLAS実験などの成果をCERNがプレスリリースしました。
本国際共同実験は、浅井センター長が日本グループの共同代表者に就き、本学の研究グループ(教員・大学院学生約30名)が参加しています。

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人 東京大学
ATLAS日本グループ

本研究成果のポイント

  • 極めて稀な素粒子の反応である、トップクォーク対とヒッグス粒子が同時に生成される事象を初観測しました。
  • 反応が起こる確率は統計誤差の範囲内でヒッグス機構の予想と一致しており、トップクォークの質量がヒッグス機構で生成されていることを示唆しています。
  • ボトムクォーク、およびタウ粒子の質量がヒッグス機構で生成されていることはこれまでにも示唆されていました。今回の結果を踏まえると、第三世代の物質粒子の質量生成の仕組みを解明したと言えます。

発表内容

概 要
本成果は、欧州合同原子核研究機関(CERN)が6月4日午後2時(現地時間)、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で行われた実験の成果を、プレスリリースしました。本プレスリリースは、この日本語バージョンで、LHCのATLAS測定器で実験を行うアトラス日本グループの主要メンバーであるKEK、東京大学が主体となり、情報提供するものです。
CERNのプレスリリースは、「もっとも重い素粒子であるトップクォークとヒッグス粒子が相互作用していることが、ATLAS実験などのデータから裏付けられた」という内容です。具体的には、ヒッグス粒子がトップクォークのペアと一緒に生成されるという、極めて稀にしか起きない反応を、6.3σの統計的精度で捉えることができました。この反応が起こる確率は、現在の統計量ではヒッグス機構の予想と一致しています。最も重く、他の素粒子と比べて数桁も大きな質量をもつトップクォークの質量も同機構で生成されていることを示唆し、力を伝える素粒子ばかりでなく、物質を形作る素粒子の質量の起源もヒッグス機構だったことが分かり、ヒッグス機構の全貌解明に向けた大きなマイルストーンです。
また、本測定は新粒子探索の可能性も秘めています。量子論の枠内では、素粒子の反応の際に、短時間であれば非常に重い粒子を生成消滅させることが可能です。もしヒッグス粒子と反応する、非常に重い未知の粒子が存在すれば、この極稀な反応に介在し、反応確率が通常のヒッグス機構の予想と異なることも考えられます。さらに高統計のデータを使い、予想値と観測値のズレを見ることで、新粒子の影響を間接的に見ることができるかもしれません。
ATLAS 実験は38カ国、3,000人の研究者が参加する大プロジェクトですが、日本でも17機関、約150人の研究者・大学院生が参加して、素粒子物理学の標準理論を超える新しい物理の発見を目指しています。今回の成果についても、ATLAS実験に参加する国内外の研究者による複数の論文として発表されています。
また、ATLAS実験に参加する、約300人の共同研究者が集まる国際会議“The ATLAS Overview Week”が6月11日~15日、東京都新宿区の早稲田大学国際会議場「井深大記念ホール」で開催され、本研究成果についても議論が行われます。同会議は年3回開催され、ATLAS実験の成果や今後の方針などについて議論するものですが、日本を含めてアジアで開催されるのは初めてのことです。

背 景
LHCは、ほぼ光速まで加速した陽子同士を衝突させる、世界最高エネルギーの円形加速器です。2009年に運転を開始し、2010年3月から7 TeV(テラ電子ボルト)の衝突エネルギーで本格的な実験をスタートしました。2012年4月には衝突エネルギーを8 TeVに増強し、同年7月4日のヒッグス粒子発見につながりました。現在は衝突エネルギー13 TeVでデータを蓄積し、素粒子とヒッグス粒子との相互作用を精密測定することによる質量起源の解明や、新物理現象を示唆する新粒子の探索を行っています。

研究内容と成果
2017年までに収集したデータ中に、ヒッグス粒子がトップクォーク対と同時に生成されるという極めて稀にしか起きない反応を発見しました。ヒッグス粒子は陽子同士の衝突により生成された直後に様々な粒子対に崩壊しますが、それらを分類、解析し、まとめたところ、6.3σの統計的精度で間違いがないことがわかりました。現在の測定精度では、反応が起こる確率はヒッグス機構の予想と一致しており、トップクォークの質量がヒッグス場の動的な性質によって生成されていること(=ヒッグス機構)を示唆しています。

本研究の意義、今後への期待
2012年のヒッグス粒子発見により、私たちの住む宇宙は無ではなくヒッグス場で満ちていて、素粒子の質量はヒッグス場の動的な性質で生成されている(=ヒッグス機構)ことを突き止めました。同時に、力を媒介する粒子であるW粒子やZ粒子の質量がヒッグス機構により生成されていることを検証しました。それ以降、物質を構成する粒子の質量もヒッグス機構によるものなのかどうかが素粒子物理学上の重要な課題となっていました。
物質を構成する素粒子には三つの世代があります。トップクォークは第三世代の素粒子ですが、同じ世代に属するボトムクォークとタウ粒子については、その質量がヒッグス機構により生成されていることが過去の実験結果から示唆されていました。今回の結果を踏まえると、検証困難なタウニュートリノ以外の第三世代の物質粒子について、質量が生成される仕組みがヒッグス機構であることを突き止めたと言えます。素粒子の質量の起源の全貌解明に向けて大きな前進をしました。
素粒子物理学の世界では、物質を構成する粒子になぜ極めて大きな質量差があるのか、また何が世代の違いを生んでいるのか、という大きな謎があります。研究グループでは今後、トップクォークとヒッグス粒子の相互作用を詳しく調べる一方、第二世代の物質粒子にも調査の対象を広げ、素粒子物理学の謎の一つである“世代の謎”(なぜ三世代あるのか)にも迫る方針です。

●CERNのプレスリリース情報:
CERN Press Release, The Higgs boson reveals its affinity for the top quark(関連サイト)


●ATLAS Collaborationからのコメント:
ATLAS Press Statement, ATLAS observes direct interaction of Higgs boson with top quark(関連サイト)


プレス解説図
(左図)素粒子の世代を表した図
(右図)得られたトップクォークペアとヒッグス粒子同時生成確率とヒッグス機構での予想値との比を表す図

●ATLAS日本グループ:東京大学、高エネルギー加速器研究機構、筑波大学、お茶の水女子大学、早稲田大学、東京工業大学、首都大学東京、信州大学、名古屋大学、京都大学、京都教育大学、大阪大学、神戸大学、岡山大学、広島工業大学、九州大学、長崎総合科学大学、以上の17大学・約150人の研究者(大学院学生を含む)からなります。