発表のポイント
- キブル・ズレック機構の洞察をもとに機械学習を活用し、非平衡過程においてトポロジカル欠陥生成に関わる重要な情報が、どのように、いつ形成されるのかを明らかにしました。
- 従来のキブル・ズレック機構が主にトポロジカル欠陥の「数」を予測していたのに対し、機械学習によって個々の欠陥の最終配置を場の揺らぎから予測可能なことを示しました。
- 相転移初期の微小な揺らぎと最終的なトポロジカル欠陥の形成を結びつけることで、相転移ダイナミクスの理解と制御が進み、将来的には材料開発や量子技術における欠陥制御、高エネルギー物理や宇宙物理における相転移現象の解明への貢献が期待されます。
概要
東京大学素粒子物理国際研究センターの鈴木史花特任助教、ロスアラモス国立研究所のYing Wai Li博士、Wojciech H. Zurek博士らの研究グループは、相転移(注1)の臨界点(注2)近傍に現れるごく微小な揺らぎから、将来トポロジカル欠陥(注3)が形成される位置を、機械学習によって予測できることを示しました。さらに、機械学習が将来の欠陥位置を予測できるようになり始める時間が、キブル・ズレック機構(注4)の普遍的なスケーリング則に従うことを発見しました。これらの結果から、トポロジカル欠陥がいつ、どのように生まれるのかを記述する、新しい非平衡ダイナミクスの描像「attenuation(減衰)-instantiation(実体化)-amplification(増幅)(aia)ダイナミクス」を提唱しました。
本研究成果は、2026年10月5日(米国東部夏時間15時)に科学雑誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
研究背景
相転移は、身近な物質の変化から初期宇宙の進化に至るまで、さまざまな物理現象を理解するうえで重要な役割を果たします。相転移の過程では、異なる領域がそれぞれ独立に状態を選択するため、その境界に「トポロジカル欠陥」と呼ばれる構造が形成されることがあります。
トポロジカル欠陥は、材料の性質や量子系の振る舞いに影響を及ぼすだけでなく、初期宇宙においても形成された可能性があると考えられています。さらに、その痕跡が重力波として観測される可能性も指摘されています。このため、トポロジカル欠陥がいつ、どこで、どのようなメカニズムで生まれるのかを解明することは、非平衡状態における相転移ダイナミクスの理解を深めるとともに、物質科学から宇宙物理学までを網羅した重要な研究課題となっています。
相転移とトポロジカル欠陥の研究は、物性物理・量子物理から高エネルギー物理、宇宙物理に至るまで、幅広い分野で重要な役割を果たしています。
研究内容
本研究では、相転移の過程でトポロジカル欠陥が形成される仕組みを明らかにするため、機械学習を解析手法として導入しました。リカレントニューラルネットワーク(注5)を用いて、相転移中に現れる場の揺らぎから、最終的に形成されるトポロジカル欠陥の位置を予測できるかを調べました。その結果、欠陥が明確に形成される前の、臨界点近傍に現れるごく微小な揺らぎから、将来の欠陥位置を高い精度で予測できることを明らかにしました。
さらに、機械学習による予測が可能になる時点を詳しく調べたところ、その時間自体がキブル・ズレック機構で予測される普遍的なスケーリング則に従うことを発見しました。これは、最終的な欠陥配置につながる情報の形成過程にも、キブル・ズレック機構が支配する普遍的な時間スケールが存在することを示しています。一方で、最終的な欠陥配置に関する兆候は、欠陥が目に見える形で形成されるよりもはるかに早い段階で、微小な揺らぎの中に現れていることが明らかになりました。
これらの結果をもとに研究グループは、揺らぎがまず抑制され(attenuation:減衰)、次に将来の欠陥配置につながる情報が微小な揺らぎの中に刻み込まれ(instantiation:実体化)、その後、その微小な差が増幅され(amplification:増幅)、巨視的なドメインや観測可能なトポロジカル欠陥へと成長していくという、新たな非平衡ダイナミクスの描像「aia ダイナミクス」を提唱しました。
研究の意義、今後の展望
本研究は、キブル・ズレック機構がこれまで主に予測してきたトポロジカル欠陥の数や統計的性質からさらに踏み込み、欠陥がいつ、どこで形成されるのかという微視的な形成過程を明らかにする新たな枠組みを示した点で重要な意義があります。
今後、本手法をより複雑な相転移や多様な物理系へ展開することで、トポロジカル欠陥が生じる過程をさらに詳細に理解できると考えられます。また、最終的な欠陥配置や相関長(注6)などの観測情報から、過去の相転移過程や初期のゆらぎを推定する「逆問題」への応用も期待されます。将来的には、機械学習を用いて、材料・量子技術における欠陥制御から、電弱相転移や初期宇宙における相転移ダイナミクスの解明まで、幅広い分野への展開が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学素粒子物理国際研究センター
鈴木 史花 特任助教
ロスアラモス国立研究所 コンピューティング・人工知能部門
Ying Wai Li 博士
ロスアラモス国立研究所 理論部門
Wojciech H. Zurek 博士
論文情報
雑誌名:Physical Review Letters
題名:Machine learning topological defect formation: When are the defects made?
著者名:Fumika Suzuki, Ying Wai Li, and Wojciech H. Zurek
DOI:10.1103/fstv-lsvh
URL: https://doi.org/10.1103/fstv-lsvh
研究助成
本研究は、Google.org、LDRD(課題番号:20230049DR; 20250614CR-NLS; 20240083DR)、Office of Scienceの支援により実施されました。
用語解説
- (注1) 相転移:温度などの外部条件の変化によって、物質や系の性質が大きく変化する現象。
- (注2) 臨界点:物質や系がある状態から別の状態へ相転移する境目となる点。
- (注3) トポロジカル欠陥:相転移の際に、異なる状態を選んだ領域どうしの境界などに生じる構造。
- (注4) キブル・ズレック機構:相転移の速さに応じて、どの程度の数のトポロジカル欠陥が形成されるかを予測する理論。
- (注5) リカレントニューラルネットワーク:時間とともに変化するデータから、その後の状態につながる特徴を学習できる機械学習手法。
- (注6) 相関長:ある場所の状態が、どのくらい遠くまで影響を持っているかを表す距離。