( 2026年6月29日に発表されたATLAS Experimentの記事をもとに、新たに日本語版として書き直したものを掲載いたします。)
2026年6月27日午前5時52分、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の第3期運転(Run3)の最後の陽子ビームの周回を完了し、2008年のビーム周回達成に始まったLHC運転プログラムをすべて終了しました。この重要な節目は、ATLAS国際共同実験グループの数千人の研究者(技術者、大学院生を含む)にとって新しい挑戦に向けたスタート地点となります。高輝度LHC(HL-LHC)プロジェクトに向けたアップグレードを開始すると同時に、Run3までに取得された史上最大規模のデータ解析がこれから本番を迎えます。
高輝度LHC(HL-LHC)プロジェクトに向けたアップグレード
今後数年間は、LHCとATLAS実験が高輝度LHC(HL-LHC)プロジェクト開始に向けた大規模なアップグレード計画に充てられ、2030年のビーム運転再開を目標にしています。HL-LHCでは衝突頻度を表すルミノシティの飛躍的な向上が期待されています。HL-LHCの期間にも徐々にルミノシティは高めていきます。最終的にはビームが交差するたびに(25ナノ秒毎に)、約200回の陽子・陽子衝突が発生するまでにルミノシティを高める目標で、極めて密度の高い実験環境での実験となります。この膨大なデータ量により素粒子物理学の理解は大きく前進することになるでしょう。
「Long Shutdown 3(LS3)」という名称とは裏腹に、この期間は決して“停止”を意味しません。むしろ、CERN史上最大級かつ最も困難なエンジニアリング計画の遂行に取り組む時期となります。ATLASコラボレーションに所属する世界中の大学・研究機関が開発してきた次世代検出器が続々とCERNへ輸送され、据え付け作業が始まろうとしています。
今回の改修の中心となるのは、新たに導入される全シリコン型内部飛跡検出器(Inner Tracker: ITk)です。総面積178平方メートルのシリコン検出器と50億チャンネルの読み出し回路を備え、荷電粒子の飛跡をマイクロメートル精度で再構成できる性能を持っています。さらに、Low-Gain Avalanche Detector(LGAD)技術を用いたHigh-Granularity Timing Detector(HGTD)が新たに加わり、30~50ピコ秒の時間分解能を活用したパイルアップ事象の分別能力の強化も行います。加えて、トリガー・データ収集系のアップグレードも重要です。最新のエレクトロニクスを用いたイベント選択システムを用いて衝突事象の発生直後にデータを選別し、最大1MHzのレートでの読み出しを行います。従来よりも格段に増強された読み出しシステムによって、現行システムの10倍のイベントレートでの読み出しが可能になります。高輝度環境において1イベント当たりのデータ量そのものが増大しているうえに、イベント読み出しレートを10倍に引き上げるため、最新の高速通信システムを導入します。その後、データはGPUで高速化された大規模計算システムへ送られ、計算機上での高度な計算に基づくフィルタリングが行われ、最終的に10kHzのレートまで絞り込まれます。10kHzまで絞り込まれたデータがディスクに記録され、その後、物理解析に向けたデータ処理が開始されます。データ収集能力の増強、リアルタイム事象選別の高精度化を進め、高輝度環境における安定した高品質なデータ収集を可能にします。このようにATLAS実験のほぼすべてのトリガー・読み出しシステムがHL-LHCに向けて刷新されます。
これらのアップグレードは、単に古い装置を新しいものに置き換える作業ではありません。ATLAS検出器は建設当初、“「ボトルシップ(瓶の中の帆船模型)」を組み立てるような作業”に例えられました。巨大な検出器を構成する部品を狭い立坑から地下の実験空間へ運び込み、一つひとつ組み上げていったからです。今度は、その「船」を部分的に慎重に解体しながら、次世代の検出器技術を組み込んだ新たなATLASへと作り替えていかなければなりません。その作業では、主要な検出器システムの取り外しと更新に加え、エレクトロニクスシステムの変更、膨大な総延長となるケーブル・ファイバーの敷設・再配線、最新の二酸化炭素冷却システムの導入、さらには大規模な計算機・インフラ設備のアップグレードなどが含まれています。
Run3までに取得された史上最大規模のデータ解析
我々の挑戦は大規模なアップグレードだけではありません。アップグレードと並行して、世界中の研究者たちはRun3で取得した史上最大のデータセットの解析にも全力で取り組んでいます。ATLAS実験はこれまでに累計505fb-1の陽子・陽子衝突データを収集しており、そのうち実に332fbz-1がRun3で取得されました。
The future, quite literally, is luminous
ATLASスポークスパーソンのStephane Willocq氏は最後にこう語っています。
「私たちの前には数多くの課題が待ち受けています。しかし、我々ATLAS国際共同実験グループはその挑戦に応える準備ができています。ATLASの最大の強みは、何よりも人にあります。私たちの共同研究には、世界中から集まった多様な専門分野の研究者や技術者が結集し、自然界に存在する最も根源的な問いに挑んでいます。HL-LHC時代への航路を進む私たちは、自信を持ってその未来を見据えています。なぜなら、共同研究の力によって、これまでも数々の画期的な科学的成果を生み出してきたからです。これからの年月は、卓越した科学的発見と目覚ましい技術革新によって彩られることになるでしょう。」
The future, quite literally, is luminous. (高輝度LHCが作り出す未来は、文字通り輝かしいものになるでしょう。)
関連リンク
ATLAS Experiment Press Statement(29 June, 2026): ATLAS enters the high-luminosity era (原文)