( 2026年6月29日に発表されたCERNの記事をもとに、新たに日本語版として書き直したものを掲載いたします。)
― これまでで、最も野心的なアップグレードに乗り出します ―
本日(2026年6月29日)、世界最強の加速器であるLHC は、大きな節目を迎えます。最後の物理ランを終えて加速器は停止されました。これから高輝度LHCに向けたアップグレード期間、Long Shutdown 3(LS3)に入ります。LS3は、加速器の保守・アップグレード・新たな装置の設置を行う大がかりなプログラムです。自然法則の探究における次のステップ、すなわち高輝度LHC(HL-LHC)プログラムに向けた準備が始まります。
LHCは2008年9月に最初のビームを周回させて以来、科学と技術の最前線を押し広げ続けた結果、最も成功した大規模科学装置の一つとなりました。2009年に最初の陽子衝突を実現した直後から、新しいサイエンスを探求する装置としてその地位を確立し、全運転期間(Run1~3)を通じて前例のない量のデータを供給しました。
最も有名な成果は、2012年7月4日に報告したATLAS実験とCMS実験によるヒッグス粒子の発見です。半世紀近く前に提唱されたヒッグス機構を、人類は初めて確認しました。また、LHCは数百に及ぶ重要な科学成果をもたらしました。85種類を超える新たなハドロンの発見、新粒子探索における排除領域の拡張、物質と反物質の非対称性の探索、クォーク・グルーオン・プラズマの性質の解明、そして天体物理学にとって重要な物理過程の測定結果などがあげられます。それらと並行して、加速器科学、超伝導技術、コンピューティング、そして国際協力におけるイノベーションを牽引しました。
LHCプロジェクトが新しい段階に入るにあたり、CERNはこれらの科学的発見だけでなく、これらを可能にした世界中のコミュニティにも敬意を表します。
「LHCはあらゆる期待を超えてきました。この20年近く、LHCは私たちの宇宙観を変え、世界中の科学者、技術者、そして多くの一般市民を惹きつけてきました。私たちはLHCに別れを告げ、その後継であるHL-LHCに向けた準備に入ります。HL-LHCとともに、この科学の冒険をずっと先の未来まで続けていくことになります。」 Oliver Bruning(CERN 加速器・技術担当ディレクター)
HL-LHCは2030年に運転を開始する予定で、衝突型加速器のルミノシティを当初の設計値の最大10倍まで引き上げます。研究者はこれまでよりはるかに大きなデータを手に入れて、ヒッグス粒子の精密な研究を行い、標準模型を超える現象の発見に挑戦します。
LHCが建設されて以来、最も大規模な作業がLS3期間中に行われます。2030年まで続く運転停止期間には、数千人の専門家が世界各地の協力機関からCERNに集まり、LHC本体、入射器、そして各実験施設をHL-LHC仕様へとアップデートします。これは、加速器施設と実験施設にとって必須の改修です。具体的に改修される場所には、SPS(Super Proton Synchrotron)北実験エリアの設備更新、CNGS(CERN Neutrinos to Gran Sasso)のターゲット領域の解体、ECN3の高強度固定標的施設への転換、ISOLDE施設の改修、さらに安全システム、電力ネットワーク、その他の技術の更新・整備が含まれます。
「LS3は、ロジスティクスと工学の両面において大規模で複雑です。LHCだけでも1.2kmに相当する磁石や機器を新しいものに入れ替えます。施設全体では数十のプロジェクトが計画されていて、数千人の技術者、物理学者、テクニシャン、サポート要員が関わります。」 Jean-Philippe Tock(LS3 Coorinationチーム責任者)
その実現のため、両実験はトリガーシステムを全面的にアップデートします。トリガーシステムは、解析すべき有望な事象を選び出す機能を担います。発生したすべての事象は、新しく導入された検出器によって記録されます。数十億の読み出しチャンネルを備えたシリコン検出器、数十ピコ秒の分解能を持つ高精度タイミング検出器、メガヘルツのレートで動作する新しいカロリメータが導入されます。
LS3の期間中、ビームは周回しませんが、CERNでの研究は活発に続きます。数千人の研究者が、これまで蓄積した膨大なデータを解析して新しい成果を出しながら、これと並行して実験の準備を進めていきます。
2028年から加速器施設が段階的に再稼働することにより、高エネルギー物理学の新しい時代が始まります。LHCが切り拓いてきた研究成果を礎として、HL-LHCは、宇宙についての理解を深め、科学における最も根源的な問いに挑戦する前例のない機会をもたらします。
関連リンク
CERN TOPIC: Accelerators(29 June, 2026): CERN bids farewell to the LHC and enters Long Shutdown 3 (原文)