センター長挨拶

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「サイエンス百年の計」で物理新時代を拓く。

東京大学素粒子物理国際研究センター長 浅井祥仁

2012年7月に発見されたヒッグス粒子は、素粒子物理学にとって「パンドラの箱」でした。質量の起源と目されたこの粒子は、20世紀後半に確立された「標準理論」を完成させる最後のピースと考えられていました。ところが、このヒッグス粒子は「標準理論」だけでは説明できない新たな問題を生むことになり、素粒子物理学にパラダイム・シフトを求める結果となりました。これから私たちは、言わば「海図なき航海」に乗り出し、新たな物理学を切り拓いていかなければなりません。

そのための方法として、大きく三つが考えられます。一つは、高エネルギー加速器を用いて未知の粒子の発見を目指す「エネルギーフロンティア」と呼ばれるアプローチです。これは、ヒッグス粒子発見の舞台となったCERN(欧州合同原子核研究機構)が主戦場で、本センターはここで行なわれているATLAS実験に参加し、教員・大学院生あわせて30名ほどが携わっています。

二つ目の方法は、このヒッグス粒子を精査し、新たな物理の端緒をつかむアプローチです。この代表例が、2030年頃の完成を目指して準備が進む「国際リニアコライダー(ILC)計画」です。本センターの教授陣が計画推進会議体の要職を担うとともに、日本の北上山地が有力候補地に上がっています。

三つ目の方法は、理論的に稀にしか起こり得ない物理現象を検出し、それにより新物理を探求する方法です。本センターがスイスのPSI(ポールシェラー研究所)で取り組むMEG実験がそのひとつです。また、理化学研究所の「X線自由電子レーザー施設(SACLA)」を用いて、未知の「場」がX線に干渉する現象も探っています。

素粒子物理学は、物質や宇宙の成り立ちに迫る基礎科学です。小さな粒子を見るには高いエネルギーが必要になり、実験プロジェクトは大型化しています。こうした研究に対し、「社会の役に立つのか」と質問を寄せられます。多大な社会資源をつぎ込んで、どんな果実を社会にもたらすのか、と問われているのでしょう。

この質問に、私はこう答えるようにしています。

5年や10年の短期間で、すぐに社会に役立つ何かをもたらすことはできません。ただ、私たちが取り組んでいるのは、「自分を取り巻く世界を知りたい」という人間の知的欲求を満たすための研究です。その価値を、どうかご理解いただきたい。また、すぐには役立たないこの研究も、歴史を振り返れば、産業の基盤を成し社会に大きな恩恵をもたらしています。100年前の研究成果からエレクトロニクス(電子工学)産業が発展し、X線や重粒子は医療で当たり前のように使われています。

私たちがいま取り組む研究から、具体的な成果がもたらされるとしたら、50年、100年先になることでしょう。言うなれば基礎科学は、未来世代に向けた長期の投資です。「サイエンス百年の計」で、基礎科学へのご理解とご支援をいただけますと幸いです。

最後になりましたが、私は2017年4月に本センター長に就任しました。私が注力したいのは、これまでのセンターの歩みを踏まえて前に進むことです。とかく基礎科学の分野では、先人たちが積み上げてきた蓄積が大きな意味を持ちます。それを受け継ぎ、次代に受け渡すべく力を尽くします。

次代を担うのは、これからセンターに進学する学生のみなさんです。物理学の新時代を切り拓くべく、意欲と好奇心に満ちた学生の挑戦を歓迎します。