高エネルギー物理学を担う優秀な若手研究者の学位取得後の研究を奨励するために設けられたこの賞は、その研究者の優れた業績に対して授与するもので、今後さらにステップアップするための登竜門と言えます。
応募対象は、過去3年以内に学位を取得した応募者の学位論文とされており、選考委員会内で厳密な審議が重ねられた後に受賞者3名が確定します。特に、多くの研究者が参加する共同実験に基づく論文は若手研究者自身の寄与が本質的な評価基準となり、コラボレーションの中で主体的に研究し、いかに実力を発揮したかが問われます。
三野特任研究員は、ATLAS実験京都グループ(京都大学理学研究科物理学・宇宙物理専攻)の大学院生としてATLAS実験に参加し、検出器の運転とアップグレードで大きく貢献したほか、データ解析においては第2期運転 (2015-18年) で取得された全データ (積分輝度140fb-1) を用いて探索を行い、超対称性理論のnaturalnessに注目した際に要請される電弱スケール質量のヒグシーノの探索の筆頭研究者となって、ほぼ全ての局面を主導し、博士論文として纏め上げました。
ヒグシーノ質量差0.3-1GeVの領域に対してヒグシーノ質量にして最大で171GeVまで棄却し、“LEP(1990年代のCERNのプロジェクト、LHCの前身)以来初”となる実験制限の更新を果たしたとの評価を受けた本論文により、このたび第27回(2025年度)高エネルギー物理学奨励賞を受賞しました。
受賞論文
受賞理由
超対称理論においてダークマター候補となるヒグシーノの荷電粒子と中性粒子の質量が縮退するシナリオは現象論的に大変有望とされているが、質量差がGeV以下と小さい場合はハドロンコライダーでは難しく、その探索はこれまで電子・陽電子コライダー実験のみ可能で、低い質量上限しか得られていない。この論文では荷電ヒグシーノが比較的寿命であることに注目して、衝突点からわずかにずれた位置から出てくる低運動量パイオンを捕えることで、ATLAS 実験での探索を可能とした。共同研究であるが、パイオン再構成やバックグラウンド推定など、鍵となる解析は応募者が新たに手法を開発して行なったものと考えられる。その結果、LEP実験を上回る実験感度を達成した。残念ながら発見には至らなかったが、研究のオリジナリティや本人の貢献度は高く、分野内での研究の位置付けや実験装置に対する理解も十分である。
そのため本論文は高エネルギー物理学奨励賞に相応しいと判断する。(選考委員会による講評)
感想と今後の抱負
本研究は LHC 第2期運転で取得されたデータを用いたものであり、これまで新粒子の候補である超対称性粒子の探索が数多く行われてきました。
特に、ヒッグス粒子の超対称性パートナーであるヒグシーノの質量が縮退した領域は探索が難しく、長らく未探索領域として残されていましたが、本解析によって25年前の先行加速器実験であるLEPによる制限を初めて超え、未踏の領域に到達することができました。
この成果は、国内外の共同研究者の多大なご協力によって実現したものであり、深く感謝しております。
また、本論文では2030年に開始予定の高輝度 LHC(HL-LHC)で取得されるデータを用いた場合の感度評価や解析手法についても示しており、今後の LHC におけるヒグシーノ探索の指針の一つとなれば幸いです。ヒグシーノの探索は、直接探索実験や電子 EDM 実験など、加速器実験以外の手法でも活発に進められており、今後の動向にも注目していきたいと考えています。
今後は、超伝導量子ビットなどの量子デバイスを用いた新たなアプローチにより、暗黒物質の謎に異なる角度から迫っていきたいと思います。