
2025年6月19日、ATLAS実験のコラボレーション全体会議(ATLAS Week)にて、ATLAS Outstanding Achievement Award 2025の授賞式が行なわれました。この賞は、ATLAS実験を構成する全分野の中から“Outstandingな成果”、すなわち、卓越した技術で実験の成功を支えた成果を表彰するものです。
2023年11月から2024年11月における、ATLAS検出器の運用、アップグレード、ソフトウェア、コンピューティング、複合パフォーマンス、アウトリーチといった活動が対象であり、今回はATLASグループ全体から65件の推薦が寄せられ、審査委員会による多角的かつ綿密な審議が行われた結果、7つのチーム、あるいは個人による受賞が決定しました。
本センターの齋藤智之助教は受賞者の一人に選ばれ、2018年に続いて7年ぶり2度目の栄誉を勝ち取りました。2度受賞しているのは、齋藤助教がセンター初であり、ATLAS日本グループ(約160人)で2人目、ATLASコラボレーション(約3,000人)で史上5人目の快挙になります(過去の受賞者一覧)。
受賞理由
For the deployment of the complete Phase-I L1 Muon Endcap Trigger, including the NSW triggers, enabling ATLAS to run at higher pileup and gather more data in 2024(初段ミューオントリガーへのNSW検出器の統合によるトリガーレートの削減に関する貢献)
受賞チーム
Masato Aoki (KEK), Leesa Brown (University of Victoria), George Chatzianastasiou (BNL), Thiago Costa de Paiva (University of Massachusetts Amherst), Nathan Felt (Harvard University), Simone Francescato (Harvard University), Eleni Kanellaki (Demokritos University of Thrace), Foteini Kolitsi (University of West Attica), Audrey Kvam (University of Massachusetts), Callum McCracken (University of British Columbia), Tomoyuki Saito (ICEPP, UTokyo), Yoshiaki Tsujikawa (Kyoto University)
受賞に繋がった研究内容
2022年に始まったLHC第三期運転(Run3)で加速器のビーム強度が増強したことにより、ATLAS実験では初段トリガーのレートが上昇し、それに伴いデータ収集系が圧迫され、データ取得効率が制限されるという問題が生じました。そのため、初段トリガーレートの抑制は、ATLAS実験全体にとって喫緊の課題となりました。
初段ミューオンエンドキャップトリガーでは、ATLAS検出器外層のThin Gap Chamber (TGC)からの信号をもとにトリガー判定を行なっていましたが、衝突点に由来しないビーム起源の背景事象が多数混入することで、不要なトリガーレートが発生していました。この背景事象の混入の問題の解決するために、Run3前に新たに設置した内層ミューオン検出器(New Small Wheel、略称 NSW)を初段トリガーシステムに統合し、TGCの信号と組み合わせて用いることで信号となるミューオンと背景事象との識別性能の向上を図りました。統合作業にあたっては、データ損失が生じないように細心の注意を払いながら慎重に進め、2024年5月に全領域にわたる統合が完了しました。
こうした取り組みにより、トリガーレートの大幅な削減を実現し、ATLASデータ取得効率の向上に貢献したことが評価され、今回の受賞に至りました。本プロジェクトは、東京大学を含むATLAS日本グループ共同研究者の尽力に加えて、CERN、イタリア、アメリカ、ギリシャ、イスラエルなどの共同研究者との緊密な国際連携によって成功に導くことができました。

今後の抱負
今後も、最先端技術を駆使した検出器・データ収集系の開発に取り組むことで、高いエネルギースケールの物理の研究を追究し、新しい粒子や現象の発見を通じて、素粒子物理学や宇宙初期の物理の解明を目指していきます。