
2025年3月28日、森俊則教授の最終講義が東京大学小柴ホールで行われました。素粒子物理国際研究センターの教職員・大学院学生をはじめ、森・大谷研究室の卒業生とMEG実験の国内外の共同研究者、そして学部生や一般の方々が参加し、会場は多くの聴講者で満席となりました。
当日の模様が、東京大学大学院理学系研究科・理学部YouTubeチャンネルにアーカイブ版として公開されましたので、講義のテーマ「時空は素粒子-加速器で時空の起源に迫る-」に込めた40年以上にもわたる研究人生の軌跡を、映像音声とともにご紹介いたします。
東工大バンデグラフと高エネルギー研の陽子シンクロトロン(PS)
東工大の卒業研究でバンデグラフ加速器の運転を習って実験したのが、加速器との出会い。
その後修士ではKEKのPSカウンターホールで実験。KEKはいつも学生が大勢いて熱気があった。楽しかったが、サイエンスに貢献したとは思えない。
トリスタン計画の準備が始まるとKEKは「トリスタンにあらずんば人にあらず」という雰囲気に。その頃CERNのショッパー所長がKEK訪問中にZ0粒子が発見され、その興奮を身近に感じた。9>
米国留学とトリスタン
そんな時大学の掲示板で留学奨学金の公募を見かけ、応募したら採用となった。米国ロチェスター大学に行き、そこのオルセン教授が率いるトリスタンのAMY実験をやることに。
トリスタンは世界最高エネルギーの電子・陽電子コライダー。新粒子発見の期待と共に、Z0粒子の効果も見える。測定したハドロン断面積は予想より大きかったがトップクォークは見つからず。断面積からZ0の質量を求めると、CERNの直接測定より軽かった。この研究でPh.D.を授与。
KEKは最初の本格的な国際共同実験AMYへの対応に試行錯誤。それを「米国の学生」として体験した。

CERNのLEPコライダー
東大に職を得て、トリスタンを超える最高エネルギーコライダーLEPへ。実験開始後すぐに東大チームで主導権を取って物理結果を次々出した。まずは必死にヒッグス粒子の探索。LEP/LEP IIで必ず見つかるとされていた。のちに量子補正のせいで見つかるとは限らないという論文が出て愕然とする。
一方でハドロン断面積を0.05%以下の精度で求め、電弱統一理論を精密に検証した。その結果、素粒子の世代数が正確に3であることが分かり、さらに3つの相互作用が宇宙誕生(ビッグバン)時に統一されていた間接的証拠を得た。
この「超対称大統一理論」の証拠は、その後「リニアコライダー」と「MEG実験」の2つの研究に繋がることになる。
リニアコライダー
衝突エネルギー300GeVのリニアコライダーでヒッグス粒子を発見、さもなければ超対称理論を完全に棄却、という1991年の「JLC-I」の提案は、その後のLHCでのヒッグス粒子の発見、そして第一段階をヒッグスファクトリーとする現在のILCにそのままつながっている。加速器をどんどん大きくしていこう、という頭の悪い発想はやめて、将来のため革新的な加速器を開拓していく必要がある。リニアコライダーはその第一歩である。

MEG/MEG II実験
小柴先生がカミオカンデで探した陽子崩壊は大統一理論の大きな証拠となるが、LEPが見つけた超対称大統一理論では陽子の寿命がずっと長く、1995年当時建設中のスーパーカミオカンデですら発見が難しいと思われた。
そこで、ミュー粒子の崩壊「ミューイーガンマ」に注目した。大統一理論では、重いトップクォークの効果でミューイーガンマが観測できるほど多く起こると予想された。ただそのような観測が可能なのは世界で唯一、ポールシェラー研究所(PSI)。早速PSIに行き、実験を検討する研究会を年数回開催することにした。その後波瀾万丈の展開の末、東大・KEKの提案がPSIに認められ、スイスに加えてイタリア・米国の研究グループが後から参加して、MEG実験が始まった。現在はアップグレード実験MEG IIを実施中で、来月最新結果を発表予定(2025年4月23日プレスリリースを参照)。
加速器で時空の起源に迫る
そこに何の動きも変化もなければ時空は存在しないのと同じである。ヒッグス場が宇宙を充し、そのダイナミクスが時空を生み出しているのかもしれない。さらに、大統一理論による真空の相転移、インフレーションとダークエネルギーのダイナミクスも絡み合って、この時空があるのではないか。
大統一理論やヒッグス場を探るMEGやILCは、時空の起源に迫る第一歩と考えられるかもしれない。

関連リンク
東京大学大学院理学系研究科・理学部YouTubeチャンネル https://youtu.be/KzBGGtkcO-g