用語解説

素粒子物理学や国際共同実験のキーワードをわかりやすく解説します。

A

AI(人工知能)

Artificial Intelligenceの略。AIの解釈は研究者によって異なり厳密な定義はないが、「人工的にコンピュータ上で人間の知的能力を実現する技術やソフトウェア、システム」と言える。人工的な知能を実現する方法として機械学習などがあり、1950年頃から本格的に研究が始まった。近年、その中でも深層学習(ディープラーニング)に注目が集まり(第三次AIブーム)、様々な分野で研究が行われている。AIが囲碁や将棋のトップ棋士と対戦し勝利するまで技術が発展している。

ATLAS実験

A Troidal LHC ApparatuS の略。CERNのLHC加速器を用いた二大実験の一つで、42カ国及び領域、181の研究機関からの約3,000人(内、大学院生は約1,000人)の素粒子実験物理学者が共同で行なう実験。日本グループは1994年(平成6年)4月に発足以来、国際共同研究の中心的な役割を担い、現在は2名の共同代表者のもと14の大学・研究機関から研究者、学生あわせて約180名が参加している。ヒッグス粒子の研究や超対称性粒子の探索など、素粒子物理最先端の研究を行なうことが可能である。

ATLAS検出器

LHC加速器の陽子・陽子衝突点に置かれた巨大な検出器。全長46 m・直径25 m・重さ7,000 t、1億チャンネルのセンサーが組み込まれ、衝突点から出てきた様々な粒子の飛跡を高い精度で測定できる。日本の研究者や企業が開発・製作に大きく貢献している。

ATLAS地域解析センター

ATLAS実験で発生する大量のデータを解析するための日本の拠点であり、その計算機システムは2007年(平成19年)1月から稼働している。CERNと本学との覚書に基づいて、WLCGというグリッドのための計算資源を提供するとともに、ATLAS日本グループのメンバーが物理解析を行なうためのシステムとして用いられる。

ATLAS日本グループ

東京大学、高エネルギー加速器研究機構、筑波大学、お茶の水女子大学、早稲田大学、東京工業大学、東京都立大学、信州大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、神戸大学、九州大学、以上の13大学、約180人の研究者(大学院生を含む)からなる。

C

CERN(欧州合同原子核研究機構)

ヨーロッパ諸国の共同出資により1954年(昭和29年)にスイス・ジュネーブ郊外に設立された素粒子物理学のための国際研究機関。加盟国はヨーロッパを中心とした23カ国。日本は、米国、ロシア等と共に、オブザーバー国として参加している。世界最高エネルギーの陽子・陽子衝突型加速器LHCが稼働中である。ワールドワイドウェブ発祥の地としても有名。

CERNサテライトシステム

CERNサテライトシステムはCERNに滞在する共同利用者のために計算資源を提供している。これまでに構築した計算機のインフラと共に、2015年(平成27年)1月からは CERN 情報基盤グループが提供するクラウドサービスも導入して運用を行なっている。このシステム上に解析において必要なすべてのデータの複製を保持する。

CMS実験

Compact Muon Solenoidの略。ATLAS実験と同じ研究目的を持つ、LHCを用いた二大実験の一つ。

G

GRID(グリッド)

ネットワーク上に分散配置された計算機資源(計算機及びデータ蓄積装置等)を簡便に利用するための統合的手段。これにより、ネットワーク上の多くの計算機資源があたかも一つの巨大な計算機であるかのように振る舞う。電力網(パワーグリッド)を通して供給された電気をコンセントから利用するように、ネットワークに接続すれば巨大な計算機資源が手許で利用できるようになる。

L

LHC加速器

Large Hadron Collider(大型ハドロン衝突型加速器)の略。CERNで現在稼働中の陽子・陽子衝突装置。衝突エネルギーは世界最高の7-14TeVであり、TeV領域の物理を直接研究できる唯一の施設である。CERNの地下100mのトンネルに敷設された円形加速器で、周長は約27kmもあり山手線一周に相当する。約1,700台の超伝導電磁石がつくる強力な磁場で陽子ビームを曲げ、髪の毛の1/10ほどの太さに絞り込んで陽子を衝突させる。多くの有名な日本企業の技術力が、その建設に結集されている。

N

NISQ

Noisy Intermediate-Scale Quantum computerの略。「ノイズのある中規模(50~数100量子ビット)の量子コンピュータ」を意味し、カリフォルニア工科大学の理論物理学者ジョン・プレスキル氏が命名した。量子デバイスのエラーが比較的大きく計算結果に影響を与える。古典・量子ハイブリッドアルゴリズムの活用やエラーに強い計算手法の開発することで、10年以上かかると言われている大規模でエラーの小さい量子ビットを持つ完全な量子コンピュータの登場を待たずに、実用化するための研究が盛んに行なわれている。

S

SuperKEKB加速器

高エネルギー加速器研究機構(KEK)に建設中の電子・陽電子衝突型加速器。前身のKEKB加速器では、その崩壊過程を調べる実験においてCP対称性の破れが精密に検証され、2008年の小林誠、益川敏英両氏のノーベル物理学賞受賞につながった。

W

WLCG(Worldwide LHC Computing Grid:世界LHC計算グリッド)

CERNが採用した実験参加国が平等に負担し提供する世界分散解析のスキーム。このスキームを実現するために導入されたのがコンピューティンググリッド技術である。解析センターに設置された計算機群にグリッドミドルウエアと呼ばれるソフトウエアを導入することで、それらの計算機がある仮想的な単一の計算機システムの一部であるように見せることができる。

ア行

インフレーション理論

宇宙がその誕生直後に加速度的に急膨張(インフレーション膨張)したとする説が有力視されている。このインフレーションの導入により宇宙の誕生を記述する通常のビッグバン宇宙論が抱えるいくつかの大きな問題点が解消されることになる。

カ行

機械学習(マシンラーニング)

人工知能を実現する技術の一つで、あらかじめ大量のデータを使って計算機に学習させることにより規則性や関連性を見つけ出し、新しいデータに対して判断や予測を行なう技術。ニューラルネットワークもこの技術のひとつであり、さらに発展させた学習方法が深層学習(ディープラーニング)である。

サ行

シーソー機構

ニュートリノが質量を得るメカニズムとして柳田勉、M. ゲルマンらによって提唱された。これによってニュートリノが他の素粒子に比べて極めて小さな質量を持つことが自然に理解される。非常に重いニュートリノの仲間の存在を予言する。

深層学習(ディープラーニング)

多層のニューラルネットワークのこと。ニューラルネットワークは人間の脳の構造を模倣した機械学習技術として考案されたもので、入力層と中間層それに出力層の3層からなり、各層に多数のノードが置かれ、あるノードは近接する層の各ノードと情報伝達する。ノードは入力パターンに応じた反応を次の層のノードに送る。この時の反応はそれまでの学習を反映している。教師あり学習では様々な入力パターンとそれが持つべき出力パターンの双方を与え、より正しい答えを出すように反応を訓練する。一般に中間層の数が1など少ない場合を浅い学習(通常のニューラルネットワーク)、多い場合(狭義の定義で中間層が2以上、つまり全層数が4以上)を深い学習(深層学習・ディープラーニング)と呼ぶ。

相互作用

物質に働く力(相互作用)には以下の4つがあり、それぞれ特別の種類の素粒子をやり取りすることで働くと考えられる。
重力相互作用(地上や惑星間の引力。未発見の重力子によって媒介されると考えられている。)
弱い相互作用(β崩壊など。Z0,W±粒子により媒介される。)
電磁相互作用(クーロン力など。光子により媒介される。)
強い相互作用(核力、クォーク間に働く力。グルーオンにより媒介される。)
素粒子の標準理論には重力以外の相互作用が含まれている。

タ行

タウ粒子(タウ)

電子とほぼ同じ性質を持つ「重い電子」。電子より約17倍重い。

力の統一(大統一理論)

大統一理論は素粒子に働く3種類の力(電磁気力、強い力、弱い力)が、宇宙初期の超高温状態では同じであったとする理論。単純な大統一理論はカミオカンデ実験などの陽子崩壊の探索実験により否定されたが、東京大学も参加したLEP実験(LHCの前身の加速器)での精密測定によって、超対称性を入れた新しい大統一理論の可能性が現在注目されている。さらに重力も含めて全ての力を統一する理論も研究されている。

超対称性

素粒子にはフェルミ粒子とボーズ粒子の2種類がある。フェルミ粒子は、素粒子の自転の量子数である「スピン」が半整数(1/2, 3/2, など)、ボーズ粒子は整数(0, 1, 2, など)の「スピン」を持つ。超対称性とは、フェルミ粒子とボーズ粒子を対応させる対称性である。超対称性があると標準理論の全ての素粒子に対して「スピン」が1/2だけ異なる超対称性パートナー粒子が存在すると考えられ、LHCでの発見に期待がかかる。超対称性理論は、素粒子の標準理論を超える有力な理論であり、重力をも含めた全ての相互作用の統一に重要な役割をすると考えられている。

兆電子ボルト(TeV)

エネルギーあるいは質量の単位。1 eV(電子ボルト)は静止した1個の電子が1 Vの電位差で加速された時の運動エネルギー。
1 GeV = 10億電子ボルト=109 eV
1 TeV = 1兆電子ボルト= 1012 eV

トップクォーク

現在までに発見されている素粒子の中で最も重く、ヒッグス粒子より重いことが知られている。

ナ行

仁科記念賞

故仁科芳雄博士の功績を記念し、原子物理学とその応用に関し、優れた研究業績をあげた比較的若い研究者を表彰することを目的としている。1955年(昭和30年)の仁科記念財団創設当初より始まり、歴代の受賞者には数多くの著名な研究者が名を連ね、非常に権威がある。

ニュートリノ振動

ニュートリノがお互いに移り変わる現象。3種類のニュートリノの間に合計3種類の振動が存在する。ニュートリノが質量を持つことにより可能となる。この現象はスーパーカミオカンデ実験などにより実験的に確認され、2015年に梶田隆章氏らのノーベル物理学賞受賞となった。

ハ行

ヒッグス粒子

「標準理論」を構成する素粒子のひとつで、素粒子に質量を与える性質を持つ粒子。標準理論の他の粒子とは全く異なる。質量が大きなものはなかなか動けないので、質量とはものが動くときの「抵抗」と考えられる。ヒッグス粒子が空間に充満しこれに素粒子が衝突することで「抵抗」を受け、これによって素粒子が質量を獲得したと解釈する。LEPやTevatronのデータによってヒッグス粒子の質量が115 GeVから150 GeVの間に存在することがほぼ確実となり、2012年(平成24年)7月にLHCでのATLAS実験とCMS実験によって質量が125 GeVの粒子として発見された。

ビッグデータ

「巨大な」データの意であるが、その「巨大さ」には明確な定義はない。インターネットの普及等により様々なデータを容易に記録できるようなり、さらにそうしたデータを分析する計算機技術と計算機資源が十分に準備できるようになったことで、従来は無視していたデータに価値(多くはビジネス的な価値)を見出し、巨大なデータに注目が集まっている。

標準理論

クォークとレプトンが物質の基本粒子であると考え、これらの間に働く相互作用は電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用の3種で記述されるとする理論。また、素粒子の質量の起源はヒッグス粒子が担う。標準理論は、現在知られているほぼすべての素粒子現象を説明できるとされているが、重力相互作用が内包されていない、宇宙の暗黒物質などが説明できないなどの多くの致命的な問題があり、標準理論を超えるより高い統一性を持った理論の方向を示す新粒子や新現象の探索がLHCなどでの実験で行なわれている。

ポールシェラー研究所(PSI)

自然科学および工学におけるスイス最大の国立研究センターであり、物質構造、エネルギー、環境と健康の3分野において研究活動を推進している。チューリッヒ郊外にある。

ボトムクォーク

トップクォークと対をなす素粒子で、物質を形作る素粒子の中ではトップクォークについで重い。現在、SuperKEKB加速器のBelle II実験でこの粒子の持つ性質を詳細に調べている。

マ行

ミューイーガンマ(μ→eγ)崩壊

ミュー粒子がガンマ線を放出して電子に崩壊する過程。エネルギー保存則など通常の物理法則では禁止されていないが、標準理論では電子やミュー粒子の「フレーバー」が保存されるとして禁止されている。

ミュー粒子(ミューオン)

電子とほぼ同じ性質を持つ「重い電子」。電子より約200倍重い。

ラ行

ルミノシティ

衝突型加速器で、衝突点での粒子同士の衝突頻度を表す量。ルミノシティは、毎秒あたりの衝突頻度で、時間でためたものが積算ルミノシティになる。観測されるデータ量は、この積算ルミノシティに比例する。積算ルミノシティの単位はfb-1(インバース フェムトバーン)が用いられる。例えばLHCでのATLAS実験が8 TeVの衝突で貯めた積算ルミノシティは約22 fb-1