LHC-ATLAS実験での研究紹介

ヒッグス粒子の探索

ヒッグス粒子は1964年にピーター・ヒッグスによって提唱された粒子です。 ゲージ理論によれば、本来力の媒介を行うゲージ粒子は、ラグランジアン中に質量項を持つことが出来ません。 しかし実際には、W粒子やZ粒子のように大きな質量を持つものが実験で確認されています。 この不整合を解決する案として考えだされたのがヒッグス場とヒッグス粒子です。

この存在により、「自発的対称性の破れ」が起こり、W粒子やZ粒子が質量を持つことが可能になります。 このメカニズムまでを含めた、素粒子理論の集大成を「標準理論」と呼びますが、 その中に登場する粒子のうちヒッグス粒子だけは、長年の探索努力にも関わらず見つけることが出来ませんでした。

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去る7月4日、ついにその歴史に終止符が打たれました。LHCに作られた二大検出器であるATLASとCMSの両グループが共同で会見を行い、 ヒッグス粒子と見られる信号を約5σの統計的有意さで発見したと報告したのです。 独立に行われた2つの実験が同じような質量にシグナルを見つけたということですので、ほぼ確実にヒッグス(と思われる)粒子が発見されたということが出来ます。

この発見は確かにひとつの山場でした。しかし研究はむしろここからが本番です。 まずはこの粒子が本当にヒッグス粒子であるかどうかを確かめなくてはいけません。 そのためには、ヒッグス粒子とその他の標準理論粒子との結合の強さを測定し、それがヒッグス粒子と無矛盾であるか調べます。 特にレプトンやクオークとヒッグス粒子の結合は「湯川結合」という特殊なメカニズムが介在しますので、この測定は理論的な側面から強く要請されます。 これら精密測定には十分なルミノシティが必要になりますので、今後数年間をかけて研究を続けていくことになります。

超対称性粒子の探索

標準理論に登場する粒子は、スピン整数のボソンとスピン半整数のフェルミオンとに分類できます。 超対称性というのはこの2つを混ぜ合わせる対称性です。この導入により、標準理論が抱える問題(特にヒッグス質量の質量発散)を解決することができますし、 さらには宇宙暗黒物質の候補となりうる粒子を自然に生み出すことが可能です。 そのため、素粒子理論や宇宙論の立場から存在が強く期待されています。

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超対称性粒子探索を行う上での問題点は、超対称性粒子が一般に非常に重いと考えられていることです。 そのため、生成するためには大きなエネルギーが必要であり、世界最高エネルギーで作動中のLHCでの探索が不可欠です。 2011年は重心系エネルギー7TeVでしたが、2012年は8TeVでの運転を行います。 さらに来年以降は改修を行い、13TeVにエネルギーを増加させる予定ですので、発見の期待は高まります。

超対称性粒子にはさまざまなモデルがあり、それぞれで発見のために必要な手段が大きく異なります。 そのため高い専門性が必要になる解析であり、その意味でとても「おもしろい」実験だと言えます。

余剰次元の探索

標準理論の枠組みの中に、重力は未だ取り入れられていません。 理論的に困難であるためですが、それは重力が他の力と比べて極端に弱いことからも垣間見ることが出来ます。 重力の弱さを説明する可能性の一つとして挙げられるのが、「余剰次元」のアイディアです。 この理論では、重力を伝える粒子「グラビトン」が、我々がいるのとは別の次元に逃げてしまうため、見かけの力が弱くなるのだとしています。

余剰次元がもし存在すると、ブラックホールが作られる条件であるシュワルツシュルド半径に補正が加わり、LHCにおける陽子衝突によって 小さなブラックホールが生成される可能性があります。 生成されたブラックホールはすぐに蒸発して消えてしまいますが、その際に放出する多数の高エネルギー粒子を捉えることによって 探索することが可能です。

参考文献

Phys. Lett. B710 (2012) 49-66

Eur. Phys. J. C72 (2012) 1993