我々の宇宙には通常の物質の10倍以上の光らない物質があることを示唆する観 測的および理論的根拠が数多くある。 この物質は暗黒物質(ダークマター)と呼ばれており、 その正体はいまだ明らかにされていない。 暗黒物質の総量は宇宙の臨界密度に達するほどとも言われており、 宇宙物理学と素粒子物理学の両方にまたがる重要な問題である。 現在暗黒物質の最も有力な候補として考えられているのが 素粒子の超対称性理論の予言する粒子ニュートラリーノである。 暗黒物質ニュートラリーノが通常の原子核と弾性散乱を行なうと 原子核は10keV程度の反跳エネルギーを受ける。 我々はこの反応を利用し暗黒物質ニュートラリーノを直接検出するために、 ボロメーターを開発し、実験を開始した。
我々のボロメーターは10mK程度に冷却した20gのフッ化リチウム単結晶8 個の吸収体 とそれらに取り付けられた高感度抵抗温度計(サーミスター) からなる極低温熱量計型検出器である。 ニュートラリーノと吸収体を構成する原子核 との弾性散乱により付与されたエネルギー(10keV程度)で 吸収体の温度が上昇し、それをサーミスターにより電気信号に 変換するというのがボロメーターを用いたニュートラリーノ検出の原理である。
原子核19Fはそのスピン構造から、 スピンに依存した相互作用を行なうニュートラリーノに対し非常に大きな弾性 散乱断面積を持つと考えられており、 19F (自然存在比100%)を含んだ検出器は 暗黒物質ニュートラリーノの探索には非常に有利である。 我々はこの観点から20gのフッ化リチウムLiFの単結晶8個を吸収体と したボロメーターを完成させた。
このボロメーターを千葉県富津市金谷の山のトンネル中にある鋸山微 弱放射能測定施設に設置して測定を開始した。 ここは比較的浅い場所で宇宙線の影響が大きいけれど、極低温機器を使った新 しい検出器の pilot run のためには東京に近く便利である。 現地には、希釈冷凍機 と、環境の自然放射能から遮蔽するための総重量約10トンの鉛、 無酸素銅、および、veto counter システム、閉鎖循環式小型ヘリウム再凝縮 装置、循環冷却水装置などが設置された。
これまでの測定の結果、暗黒物質の証拠はまだ見つかっていないが、それでも スピンに依存した相互作用をする暗黒物質素粒子と陽子の断面積に対する上限 値を出すことができた。
これをみると、ニュート ラリーノ質量の重いところでは、鋸山と較べて非常に深い地下で行なわれた他 グループの既存の上限値にはまだ少し及ばないが、それでも5GeV以下の軽い 質量領域では世界最高の感度を実現している。このことは、LiFに含まれるフッ 素の断面積の大きさ、またボロメーターの検出できるエネルギーしきい値の低 さを反映している。
質量の大きい領域でも既存の制限を超える感度を実現すべく、環境の放射能に 対する遮蔽の最適化を行なった。平成11年度に、宇宙線の影響の十分少ない神 岡宇宙素粒子研究施設に装置を移設し、超対称性理論の予言する断面積を検証 できる感度にまで持っていく予定である。