研究の意義
本研究は、標準理論を超えた新たな物理の方向性を決定づける。同時に宇宙の進化など、素粒子物理学のみならず、科学全般への計り知れない貢献をもたらすものである。
- ヒッグス粒子の発見は、真空にヒッグス粒子が凝縮することによりゲージ対称性が自発的に破れ、質量の起源となったことを示すものである。更にこの発見は、宇宙が対称性の破れによる相転移を繰り返して現在の宇宙に至ったという宇宙論の根幹シナリオを裏づける重要なものである。

- 自然界の基本粒子は、スピンの違いにより、ボーズ粒子とフェルミ粒子に大別されている。超対称性は、ボーズ粒子とフェルミ粒子とを交換する最も基本的な対称性である。アトラス実験では、この超対称性粒子の発見が可能であり、これは、科学史上「反粒子の発見」に匹敵する大きな成果である。
- 超対称性粒子は、宇宙の「暗黒物質(ダークマター)」の最も有力な候補である。宇宙の暗黒物質を理解することは、宇宙物理学の最も重要な課題である。アトラス実験での超対称性粒子の発見によって、暗黒物質の正体を確定し、宇宙の進化を決定することが出来る。更に暗黒物質の確定と言う直接的な成果ばかりでなく、超対称性が宇宙史に及ぼしてきた影響についても新しい知見が得られる。この様に宇宙論と素粒子物理学のリンクにおいてもアトラス実験は決定的な役割を果たす。
- 電磁気学は、電気と磁気の力を統一しただけでなく、電磁波の存在を予言した。次に、電弱統一理論は、電磁気力を弱い力と統一することにより、真空が構造を持つという画期的な概念を生みだした。ここでさらに、アトラス実験とMEG実験により、電弱力と強い力とを大統一することが可能になれば、自然に対する全く新しい知見が得られることが期待される。
- MEG実験によるμ→eγ崩壊の発見は、柳田らのシーソー理論を通して、極微のニュートリノ質量の起源である超高エネルギースケールの存在証拠ともなる。このエネルギースケールを理解することは、大統一のエネルギースケールとともに、超弦理論が支配する更に高いプランクスケールへ迫る一歩となる。
- 超対称性変換を2回繰り返すと、時空の並進となるため、超対称性は時空と密接に結びついている。超対称性の発見は、時空の概念を拡張するものであり、量子力学と一般相対論を融合する上で不可欠のものである。20世紀の物理学を代表する2つの概念の統合が可能になり、アインシュタインさえも予想しなかった、より高い統一へと物理学を導く。この統一が現段階で唯一可能な理論は超弦理論である。この理論では、我々の存在する空間3次元、時間1次元の時空のほかに、10-33cm(プランク長)程度に小さく丸まった隠れた空間次元が存在し、この空間の幾何学構造が全ての素粒子の内部自由度を決定するとされる。また、相互作用を支配するゲージ原理が、この隠れた次元の空間の幾何学から自然に導出される。この様に超対称性統一理論の発展は、物理学の理解を大きく進歩させ、新たな学問体系を築くものである。
本ページに関する問い合わせ先:東大素粒子センター・坂本 宏sakamoto@icepp.s.u-tokyo.ac.jp
2005年6月17日更新