研究の目的

 20世紀後半、素粒子物理学に於いて、電弱統一理論と量子色力学を中心として、実験と理論があいまって著しい展開が起こり、クォークとレプトンが物質を構成する基本粒子であり、その間に働く3種類の力はゲージ原理に支配されるという「標準理論」が確立した。この標準理論は引き続き、数多くの実験により高い精度で検証され、著しい成功を収めてきた。

 21世紀に入り、この標準理論を超える新粒子や新現象が、次世代最先端加速器実験で発見されるという期待が高まっている。質量の起源を担うヒッグス粒子の検出は、素粒子物理学の最重要かつ緊急の課題であるが、LEP(Large Electron Positron collider)実験によってヒッグス粒子の質量は114〜200GeVの範囲に絞り込まれてきており、実験的検出が今まさに手の届くところに来ている。さらに、強・弱・電磁の3種の力が超対称性のもとで超高エネルギーに於いて大統一される(右図)という理論的・実験的な証拠が数多く存在し、超対称性理論が予言する一群の新粒子(超対称性粒子)がTeV[1]領域において発見されることが期待されている。

 これらの期待に応え、数年のうちに、将来の素粒子物理の根幹に関わる新粒子や新現象を確実に発見することのできる実験が、本特定領域研究が推進するアトラス実験とMEG実験である。次世代最高エネルギー陽子衝突型加速器LHC(Large Hadron Collider)を用いたアトラス実験は2007年に開始され、我々はヒッグス粒子と超対称性粒子を発見する。MEG(Mu-E-Gamma)実験は、これに先立つ2006年初頭に、超対称性を通して生ずるミュー粒子の稀な崩壊μ→eγの探索を開始し、荷電レプトンの世代混合の発見を目指す。

 本特定領域の目的はヒッグス粒子と超対称性の両方を発見し、その性質を詳しく研究することにより、標準理論を超えた新しい素粒子物理学の方向性を確立することである。ヒッグス粒子の発見は、宇宙がその初期から相転移を繰り返して現在の宇宙に至ったという宇宙論のシナリオを裏づけると共に、真空の構造がゲージ対称性の破れと質量の起源であることを実証する。また、超対称性は、ゲージ理論と重力理論との統一を目指す超弦理論の試みにおいても最も重要な役割を果たし、ゲージ原理と並ぶ素粒子論の基本原理と見なされている。超対称性は破れた形で自然界に存在し、TeV領域に一群の未発見の超対称性粒子が存在すると考えられている。超対称性粒子の発見は、我々の自然に対する理解に決定的な影響を与えるもので、20世紀前半における反粒子の発見にも匹敵する重要性を持つものである。

 これらの超対称性粒子が存在する場合には、μ→eγ崩壊の分岐比が大きくなり、従来の実験よりも2〜3桁感度の良いMEG実験で発見することが可能になる。μ→eγ崩壊が実測されれば、標準理論を超えてレプトン・セクターの物理の構造を解明する重要な手がかりを与えることとなり、素粒子物理学に与えるインパクトは極めて大きい。従ってMEG実験は超対称性による大統一をアトラス実験とは別の切口で検証することになる。

 アトラスとMEG実験での成果に基づき、本特定領域研究では、超対称性理論、大統一理論、さらに、超弦理論など超高エネルギー領域の理論の展開を図る。これら二つの実験から、超対称性が自然界に於いてどの様に実現されているかの知見が得られ、これは大統一理論や超弦理論などに著しいインパクトをあたえるものである。

 この様に本領域は、標準理論を超える現象を確実に発見し、その本質を研究出来る実験と、これに深く関わる理論研究を総結集したものであり、標準理論を超えて超高エネルギーでの物理の原理に総合的に迫る初めての試みである。



[1] 1TeV=1012電子ボルト。長さのスケールにすると10-19mに対応するエネルギースケール


本ページに関する問い合わせ先:東大素粒子センター・坂本 宏sakamoto@icepp.s.u-tokyo.ac.jp

2005年6月17日更新