ヒッグス粒子発見を目指した、SSC計画(米国)とLHC計画(欧州)の競争

神の粒子の存在を提唱したピーター・ヒッグス博士 ©CERN

1980年代、質量の起源であるヒッグス粒子の発見を目指して、TeV(兆電子ボルト)のエネルギー領域での実験を可能にする超大型加速器計画が米国と欧州で立ち上がりました。米国のSSC(Superconducting Super Collider)計画は、重心系エネルギー40TeVの陽子・陽子コライダーのプロジェクトで、1982年のスノーマス会議を皮切りに、1984年には設計グループの創設、1989年にはテキサス州ダラス市の南部に研究所設立まで進められていました。一方、欧州のLHC(Large Hadron Collider)計画は、1979年にCERNのLEP計画が決まった時点から構想が練られ、1984年のローザンヌ会議で本格的な検討が開始されていました。LHCの基本コンセプトであったLEPトンネルの再利用は、SSCに比べるとエネルギーでは劣っていましたが、高いルミノシティ(輝度)実現によって補い、既存でインフラ整備されていることが最大の利点でした。1992年春のエビアン会議でLHCを用いた多くの実験提案がなされ、当時LEPのOPAL実験メンバーだった日本の研究者もこの段階で参加していました。

CERN研究所内で行なわれたLHC試作 ©CERN
円周27kmのLHC加速器を示すCERN全景 ©CERN